T‐9 官僚制度改革
(キャリア制度の見直し)
1.日本の官僚制度
日本の学歴社会における弊害の中で、最も問題があるのは、高級官僚とその候補生の登用、昇進システム・キャリア制度(国家公務員上級試験制度)である。
採用時の試験区分によって選抜された幹部候補グループ(キャリア)は、その他の職員(ノンキャリア)より早いスピードで昇進する。
出世競争から脱落した者も省庁の地方支分部局、地方公共団体、外郭団体などの幹部職員として出向、民間企業に再就職、政治家に転身する。
天下りの弊害もキャリア制度から派生している。出身大学では東京大学卒が多い。このことも問題である。
明治以来の高等文官制度、及び戦後のキャリア制度は、世襲、職員間の過当競争を回避し、日本の近代国家化・発展に大きな役割を果たした。
しかし、近年では官僚の社会経験の乏しさ、出身校の偏り、旧態依然とした硬直的な人事制度等が、批判されている。
キャリア制度では、ノンキャリアは高位の職への昇格・昇進が望めない。そのため、ノンキャリア職員のモチベーション維持や、キャリア職員との感情的な軋轢などが問題となっている。
また、近年ではノンキャリア職員の高学歴化が進み、キャリア職員との待遇の格差も問題になっている。
抜本的改革のために、国家I種・II種試験の統合・再編、キャリア制度の廃止の主張がされている。
2008年に成立した国家公務員制度改革基本法においては、2012年を目処に現行の国家I種・II種・III種試験を廃止し、新たに「総合職」「一般職」「専門職」区分による採用試験を導入することが予定されている。幹部候補の育成については、幹部候補育成課程を設けることとし、課程対象者の選定については、採用後、一定期間の勤務経験を経た職員の中から、本人の希望及び人事評価に基づいて随時行うものとしている。
しかし、改善はされるにしても根本的な解決にはならない可能性が高い。
2.日本の官僚試験制度は中国の科挙が原点
日本の官僚試験は中国の科挙を租とする。明治維新には崩壊した律令制の復興の側面がある。廃れた科挙の試験科目を儒学から洋学に変えて官僚試験として復活させた。
後醍醐天皇の建武の新政は、上級貴族を官僚とし、失敗した。明治政府は、試験科目を中国の儒学から西洋の近代学問に変えて、官僚を選抜した。
上級貴族にかわり、試験で選抜された官僚が、人民を統治した。
官僚が、人民を統治する上で、最も、重要であったのは、戸籍制度である。戸籍制度も律令制で完成することなく廃れた。
明治政府は、夫婦同姓制度を西洋から取り入れる等の改良を加え、戸籍制度も復活させている。戸籍制度は、本来、税の徴収を目的としていたが、国民皆兵、徴兵制度にも大きな役割をはたした。
西欧の社会科学により改良された新律令制度は日本を大国にした。しかし、弊害もある。日本を強権中央集権国家にし、太平洋戦争で、日本を壊滅させた。
*科挙
http://ja.wikipedia.org/wiki/ 科挙
「明代に入り、科挙の受験資格が基本的に国立学校の学生に限られたために科挙を受ける前に、国立学校の学生になるための試験を受ける必要があった」
「日本でも、平安時代に科挙が導入された。その後、律令制の崩壊とともに廃れた。しかし、明治政府では、日本にも科挙形式の官僚登用制度が導入された。
1894年に始まった高等文官試験は科挙を参考にして作られた制度であり、試験科目は儒学ではなく、西洋の近代学問となった」*
日本の官僚制度はドイツの官僚制度を導入した制度というのが通説である。
しかし、ドイツの官僚制度も、科挙を祖とするものである。科挙は中国では古代から始まっているが、ドイツの官僚試験制度が確立するのは近代になってからである。
元々、ヨーロッパでは科挙のような国家試験は行われていなかった。
古代ギリシャのアカデメイア以来のヨーロッパの行政専門職の養成は大学による。
中世の西ヨーロッパにおいて、大学は、カトリック教会の後援により生まれた。
このため、教会の財政運営のために会計専門職の育成も行われていた。ドイツにおける官僚試験も大学による行政専門職の養成の補完的なものではなかったのではないだろうか?
また、現在のドイツの官僚制度は、アメリカの猟官制度の影響を受け、日本の官僚制度とは異なるものになっている。
江戸時代の日本の統治者は中国の儒学、法家の影響を強く受けた。江戸時代の法とは、厳格な法という定まった基準によって国家を治める法治主義を説く韓非子(法家)の世界である。
「3つ子の魂100まで」と言う。江戸時代に成長した明治政府の指導者が、中国の儒学、法家の思想から抜け出たとは思えない。和魂洋才というが、実際には、韓非子魂ドイツ才だったのではないか?
韓非子統治は今でも続いているような気がするが、気のせいだろうか?
3.司法試験・会計士試験の改革と国家上級公務員試験
最も難関とされる財務省キャリアの場合、国家公務員採用試験の上級甲またはI種に合格して中央省庁に採用された人達である。
国税庁の職員は財務省採用キャリアと国税庁採用キャリアがある。
これに対し、ノンキャリアには国税庁、国税局の基幹職員として採用された上級乙または2種国家公務員試験採用者、大学卒業の職員を対象とした国税専門官試験採用者(専科)、
高校卒業の職員を対象とした初級試験採用者(普通科)がある。財務省キャリアの採用試験は日本で最も難関と言われる試験であるが、国税専門官試験や初級試験もかなり難度は高く、
その能力は一般的な水準でいえばかなり高い。
また、財務省の官僚は現場の経験は足りない。そのため、現場での視点で税制を構築することに疑問がある。現場経験の豊富な人達を官僚にするバイパスの構築が望まれる。
現在、道州制の議論では道や州に財政運営の権限や立法権を与える案も検討されている。そのように権限が移譲されれば、キャリアは道や州ごとにも置かれることに成りその総数は増える。
また、近年、司法試験改革や会計士試験改革が行われ、司法試験・会計士試験は以前ほどの難関ではなくなった。法科大学院、会計大学院が創設されたことによる改革だった。
キャリア試験にも法科大学院・会計大学院を活用した改革が望まれる。今後、キャリアの多くが法科大学院、会計大学院出身で司法試験、会計士試験合格者から選ばれることになるかもしれない。
キャリア制度の根本的な解決は、インタ−ネット大学・大学院を活用することにある。
しかし、インタ−ネット大学院には未だに法科大学院、会計大学院は創設されておらず、働きながら司法試験、会計士試験に受かることは出来ない。
戦前の高等文官試験は資格試験だった。司法試験の機能も兼ねていた。
高等文官試験 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/ 高等文官試験
「当時は高等試験と普通試験の2本立てで、前者は奏任官、後者は判任官の登用を目的とした。」
「第二次世界大戦後の1948年に廃止されたが、その機能は事実上、人事院の実施する国家公務員?種試験に継承されている。」
「高文試験に及第すると、文官(行政官)、外交官、領事官、判事、検事に登用される資格が与えられた。」
「高文試験は、初期の頃は現在の司法試験に当たる試験と別個であったが、後に現在の司法試験の機能も兼ねるようになった。」
4.米国の司法試験と公認会計士試験
国家上級公務員試験、司法試験、会計士試験を考える上で考えさせられるのは米国の資格試験との違いであるである。
例えば、米国の司法試験(Bar Exam)は州ごとに行われる。米国では国ではなく州が資格をだすことが多い。
このため、弁護士、会計士が、資格剥奪等の圧力を国家の管轄官庁からかけられることがない。
米国では司法試験(Bar Exam)を受けるためには、Juris Doctor:JD(ロ−スク−ル修士課程)の卒業が必要とされる。JDは弁護士、検事、裁判官の育成を目的とする。
そのため訴状を作成し実戦さながらの模擬法廷で論戦を繰り広げる。ほとんどの州においては、司法試験は、MBEと呼ばれる全米共通の択一式試験と州法を中心とした州独自の試験の二本立てからなる。
意見書等の法律文書の作成試験を実施している州もある。
なを、日本人で米国弁護士になることを志望する人はニュ−ヨ−ク州で受験する。日本人がニュ−ヨ−ク州以外の州で弁護士になるのは極めて困難である。
ニュ−ヨ−ク州の司法試験が簡単なわけではない。ニュ−ヨ−ク州の司法試験は全米で最も難しいといわれている。天才アインシュタインが2度受験して2度落ちたことは有名である。
ところがニュ−ヨ−ク州ではロ−スク−ルで必要な単位を取得すれば受験できる。日本人の英語力でJDを卒業するのは至難である。
このため、日本人は、米国外で法律教育を受けた者を対象としたLL.M.(Master of Laws, 法学修士)コースで必要な単位を取得して受験する。
試験は英語でEssay(論文)を書くことを考慮しなければ日本の司法試験よりも易しい。しかし、米国の司法試験の方が、日本の司法試験よりも実務の役に立つ。
米国の公認会計士試験は働きながら受験するのが一般的である。(日本の会計士試験を受験するのは浪人か学生である) 米国は日本よりも大学教育を重視しているため、受験生に所定の科目履修を求める。
けれども、インターネット大学、大学院による履修を認めている州も多い。また、米国では受験生の利便性を考えて試験制度を改革した。試験センタ−のパソコンで受験できるようにした。
試験は日曜日と調整期間を除いていつでも受けられる。土曜日でも受けられる。受験生は年4回、希望する日に受験できる。1科目を受けた後、2週間後に他の科目を受けるというようなこともできる。
このため働きながら受験する人にとって利便性は著しく向上した。米国の会計士試験は実務にかかわる問題も多い。
このため、実務に従事する人間に有利な試験である。受験生は試験センタ−にあるパソコンで受験する。
(会計の現場ではパソコンに熟練していなければ、役にたたない)
米国公認会計士試験はコンピューター化による受験生の利便性の向上と実務者向けの出題により合格者が三倍になった。このことを試験の難易度で評価すれば試験が簡単になったことになる。
けれども、消費者サービスのために実務を重視し受験生のために利便性を向上させたことを難易度が低いと評価するのはいかがなものだろう。
また、米国の他の資格試験も試験センターで毎日、試験を実施しており受験生は都合のよい日に受験できる。
不動産鑑定士の初級などは、日本の漢検のようにインターネットで受験できる州もあるという。受験生にとって利便性がよいのは公認会計士試験だけではない。
米国の資格試験は日本の資格試験よりも明らかに進化している。
けれども、米国の資格制度にもJD(ロ−スク−ル修士課程)にインターネットのコースが認められていない等、まだ、改善の余地はある。
将来は弁護士も、働きながら資格を取得できる道を確保すべきだと思う。現在の制度では経済的にゆとりのある家庭の子でなければ、弁護士になれないのが実情ではないだろうか?
法律事務所の補助職が、現場で働きながら、インターネット大学・大学院で、所定の単位を履修し、10年〜20年で、弁護士資格を取得する制度ができれば、貧しい家庭の子でも弁護士になれる。
なを、余談になるが、医師についても看護士が働きながら医師になるコースが望まれる。現在の私立医学部の学費では、よほど、経済的にゆとりのある家庭の子でなければ、進学できない。
弁護士になるのも金がかかるが、私立の医学部の学費に比べれば可愛いものである。
大学の付属病院で、働く、看護士が、現場で働きながら、大学で、所定の単位を履修しながら、10年〜20年で、医師の資格を取得するコースも考えるべきではないか?
そのほうが、医師の育成費用も安く、医療に向いた医師を育成できる気がする。
このような制度改革は格差社会を是正するのに役立つ。
5.未来のキャリア試験
弁護士、公認会計士は公共性が高い。弁護士、公認会計士は公務員のキャリアと類似した要素がある。
このため、公務員のキャリア選抜を検討する上で、弁護士・公認会計士試験は参考になる。科挙や高等文官試験は当時は画期的な制度であったが、経済的にゆとりのある家庭の子弟でなければ受験できない。
弁護士、公認会計士の選抜システムと同じ欠点がある。この問題については、前述のように米国の公認会計士試験が、働きながら受験し易いため、最も優れている。
米国公認会計士試験をモデルに、試験とインターネット大学院の組み合わせによるキヤリア公務員選抜を検討すべきではないだろうか?
インタ−ネット大学院に法科大学院、会計大学院を創設し、働きながら司法試験、会計士試験に合格し易くする制度は公務員と国民の双方に有益と考える。
そして、このように働きながら司法試験、会計士試験に合格した者を評価する制度を考えたい。このような試験合格者の中から現場経験豊かで、人格の優れた人間をキャリアとすることを提案したい。
また、1日6時間程度、交代で働く、パートタイム公務員制も取り入れ、弁護士・会計士をめざす苦学生に道を開くことも提案したい。
このようにキャリアの選抜を改革すれば、現場において必要な人間形成をした人間を官庁のリ−ダ−とすることが出来る。受験勉強の偏差値が高くても、人格が優れているということにはならない。
青春時代に、受験勉強に多くの時間を費やしたために、世事に疎くなる。また、下積みの経験が少ないため、思いやりや配慮に欠けることも起きる。
それに比べ、現場経験豊かな公務員は民間の実情にも明るい。このような世間をよく知り社会常識に富む公務員を官僚に望みたい。
また、近年、パソコン等の進化により従来の官僚に要求されていた優れた記憶力による事務能力も必ずしも要求されなくなっている。官僚に要求される能力も時代とともに変わる。
(参考 )
なを、下記のように、アメリカでは、官僚の社会的地位は日本などに比べると低い。
官僚
http://ja.wikipedia.org/wiki/官僚#.E5.AE.98.E5.83.9A.E5.88.B6.E5.BA.A6
アメリカ合衆国
「高級官僚は、基本的に職業公務員以外から大統領が指名する猟官制度で、大統領の交代と共に入れ替わる。通常の職業公務員は課長クラスまでしか昇進しない。
アメリカでは、官僚の社会的地位は日本などに比べると低い。」
資格任用制 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/ 資格任用制
「資格任用制の下では、一般的に、職業公務員は、中立的な人事行政機関によって実施される資格試験の合格者から選抜される。
採用された公務員の身分は基本的に保障され、昇進も個人の能力に応じる。すなわち、官職が政治動向や個人の個性から完全に独立したものとなる。」
「この制度の下で、19世紀の民主国家で盛んに行われた猟官制とは異なり、公務員には一定の専門的知識、能力が求められる。
20世紀に入り、福祉国家現象(行政国家現象)が進行した結果、行政事務が増大し、その事務処理に求められる知識が複雑化、専門化していく中で専門的知識を持ち職務に一貫して専業する官僚が必要となり、
資格任用制は主要国の大半に普及した。」
猟官制 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/ 猟官制
「選挙によって政権を獲得すると、政権運営に必要な公職を政権の支持派で固めるため、しばしば公務員の入替が行われた。」
「当時の行政は複雑な専門的知識を必要とする分野は限られており、職務に対する専門性よりも特定人物の公職在任が長期化することによって行政が硬直化することの方が問題視されていたという事情もあった。」
「開拓者が築いた西部諸州では農民を中心とした比較的単純な州政府ができあがり、そこでは専門の知識を問われず誰でも郡治安官・郡書記・道路監視人・州会計検査官・知事などの職に就くことができた。」
「1870年にイギリスにおいて公務員の試験による任用制度が確立され、1881年にはアメリカでも公務員制度改革連盟が結成されて運動が行われた結果、
1883年には連邦公務員法が制定されて公職に対する政治的任用が制限されるに至った。ただ、「公職交代制」は特に州政府で民主的な慣行として行われ続ける。」
「だが、行政の専門化は官僚主導の政治運営の危惧を増大させるなどの弊害があり、
政治的任命による選挙を通じた行政の監督と公務員任命及び行政運営の公正さの確保とのバランスを取ることが政治的課題として常に内在していると言える。」